The Laboratory #4 ─ Rock

ロック研究室
— マスタリングの物理学と批評の文学へ

音量にも、言葉にも、法則がある。

これは「ロック沼 — マトリクスとブートレグの奥底へ」のさらに先です。沼では盤に刻まれた記号やブートレグという“モノ”の側を掘りました。研究室ではその先、レコードという媒体そのものが持つ物理的な制約と、ロックを言葉で語ろうとしてきた批評の歴史に踏み込みます。

もくじ

  1. 「沼」のさらに先へ
  2. マスタリングの物理学 — なぜレコードは“爆音”にできないのか
  3. 盗作訴訟という沼
  4. ロック批評という文学
  5. リフを採譜する — タブ譜という記録文化
  6. アーカイブ学としてのボックスセット
  7. 研究室用語辞典
1

「沼」のさらに先へ

沼編では、盤に刻まれた記号やブートレグという物証からロックの歴史を追いました。研究室ではもう一歩進んで、レコードという媒体そのものが抱える物理的な限界、そして誰の曲に似ているかを巡る法廷闘争、ロックを言葉で語ろうとした批評家たちの営みに踏み込みます。

2

マスタリングの物理学 — なぜレコードは“爆音”にできないのか

アナログレコードのカッティングには、CDや配信音源にはない物理的な制約があります。低音を大きく刻みすぎると溝の振幅が大きくなりすぎて針が飛んでしまうため、多くのマスタリングでは低音域をあえてモノラルに近づけたり、音量を一定以上に上げすぎない調整(RIAAカーブに基づくイコライジング)が施されます。2000年代のCDで顕著だった、音圧を限界まで上げる「ラウドネス・ウォー」的な発想は、レコードというフォーマットの物理的な制約の前では通用しません。「レコードの方が音が優しく感じる」という感覚の一部は、この物理法則に由来しています。

3

盗作訴訟という沼

ロックの歴史には、著名な楽曲を巡る盗作訴訟がいくつも存在します。中でも大きな注目を集めたのが、レッド・ツェッペリンの「移民の歌」ならぬ「天国への階段」のイントロが、アメリカのバンド、スピリットの楽曲「Taurus」に類似しているとして起こされた訴訟です。2016年の陪審評決でツェッペリン側が勝訴し、2020年の控訴審でもその判断が維持されました。「似ている」と「盗んだ」の境界線はどこにあるのか——コード進行という一種の公共財を巡るこの種の訴訟は、作曲という行為の法的な輪郭を問い直す事例として、いまも音楽学と法学の両方で参照され続けています。

4

ロック批評という文学

1967年に創刊された音楽誌ローリング・ストーンをはじめ、ロックには早くから本格的な批評文化が根付いていました。レスター・バングスのような書き手は、単なるレビューを超えた過激で文学的な文体でロックを論じ、グレイル・マーカスは音楽をアメリカ文化史の中に位置づける長編評論を著しました。ロックは演奏されるだけでなく、それについて熱量高く「書かれる」ことによっても育ってきたジャンルです。名盤ガイドの背後には、こうした批評家たちの膨大な言葉の蓄積があります。

5

リフを採譜する — タブ譜という記録文化

五線譜を読めなくてもギターのフレーズを再現できるよう、弦とフレットの位置を数字で示す「タブ譜(タブラチュア)」は、ロックのリフやソロを愛好家たちが記録・共有するための独自の記譜文化として発展しました。専門誌やファンによる手書きの採譜、後年のインターネット上の共有サイトまで、その系譜は続いています。正規の楽譜出版よりも早く、ファンの手によって名演が採譜され広まっていく——この草の根の記録文化は、ジャズのトランスクリプション文化と好対照をなす、ロックならではの現象です。

6

アーカイブ学としてのボックスセット

近年、名盤の周年記念として、未発表テイクやデモ、当時のミックス違いを大量に収録したボックスセットが数多くリリースされています。制作過程そのものを時系列で追体験できるこれらの箱物は、もはや音楽鑑賞というより、ある作品がどのように生まれたかを検証するアーカイブ研究に近い性質を持っています。1曲の“完成形”の裏にどれだけの試行錯誤があったかを知ることは、その曲への理解を一段深いところに導いてくれます。

7

研究室用語辞典

最後に、この研究室でよく見かける言葉だけ。覚えなくても大丈夫です。

RIAAカーブ
レコードのカッティング時に低音を抑え高音を強調し、再生時に逆特性で補正する規格。物理的な溝の制約から生まれた技術です。
ラウドネス・ウォー
音圧を限界まで上げようとする2000年代CD制作の傾向。レコードの物理的制約下では同じ手法は通用しません。
盗作訴訟
楽曲の類似性を巡って争われる著作権訴訟。「天国への階段」を巡る訴訟はその代表例として広く知られています。
タブ譜(タブラチュア)
弦とフレットの位置を数字で示すギター用の記譜法。ファンの手によって広まった草の根の記録文化です。
アーカイブ・ボックスセット
未発表テイクやデモを大量収録した記念盤。作品の制作過程を検証できる資料としての側面を持ちます。
The Laboratory ─ 次の研究室 ソウル&ファンク研究室 — サンプリング裁判と保存活動の先へ
読む →

← ロック沼に戻る
← レコード棚トップに戻る