Listening Guides #3 ─ City Pop

シティ・ポップ入門
— 日本の夏を発明した人たち

聴いたことがないのに、なつかしい。

2020年前後、YouTubeやSNSをきっかけに世界中で再発見されたジャンル、シティ・ポップ。でも「結局どこから聴けばいいの」「AORや歌謡曲とどう違うの」という声もよく聞きます。この連載は、当時のレコードを実際に手に取る前提で、系譜と聴きどころを整理する回です。

もくじ

  1. シティ・ポップとは何だったのか
  2. 60秒でわかる、系譜の地図
  3. 音で選ぶ — スタジオミュージシャンという共通言語
  4. 最初の5枚 — まずこの温度から
  5. ジャケットも聴きどころ — イラストレーターという名の共作者
  6. 中古レコード店でシティ・ポップを掘るコツ
  7. 覚えなくていい用語ミニ辞典
1

シティ・ポップとは何だったのか

シティ・ポップは、明確な音楽理論やジャンル規定があるものではなく、1970年代後半から80年代にかけて日本で花開いた「都会的な生活を歌う、都会的なサウンドのポップス」を指す、後づけの呼び名です。海外のAOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)やソウル、フュージョンの洗練を吸収しながら、車、リゾート、恋愛といった当時の“豊かな日常”を歌詞に描きました。バブル前夜の高揚感と、腕利きスタジオミュージシャンによる緻密な演奏が組み合わさって生まれた、日本独自のポップスの成熟形です。

海外のリスナーが惹かれたのは、この「聴いたことがないのに、なつかしい」感覚。西洋のポップスの語彙を使いながら、どこかに日本語の湿度と間(ま)が残っている。その距離感こそがシティ・ポップの正体だと思います。

2

60秒でわかる、系譜の地図

細かいサブジャンル分けは無限にできますが、まずはこの4つの水脈だけ押さえておけば十分です。

はっぴいえんど
系譜の源流
細野晴臣、大瀧詠一、松本隆、鈴木茂日本語ロックの金字塔バンド「はっぴいえんど」の解散後、メンバー4人がそれぞれの方向でシティ・ポップの水脈を作っていきます。当棚の大瀧詠一もここが出発点。
ナイアガラ/夏の系譜
1970年代後半〜
大瀧詠一、山下達郎フィル・スペクターのウォール・オブ・サウンドやドゥーワップを日本語ポップスに翻訳した一派。「夏」「海」のイメージを決定づけました。
AOR/フュージョン系譜
1970年代末〜80年代
山下達郎、杏里、角松敏生アメリカのAORやフュージョンの洗練を吸収し、より都会的でメロウなサウンドを追求した一派。夜のドライブによく似合います。
テクノポップ隣接
1980年代
YMO、松原みき周辺シンセサイザーとファンクのグルーヴが加わり、より打ち込み寄りに進化した一派。海外での再評価は実はこのあたりの曲から火がつきました。

※ 実際は全員が影響を与え合う網の目状の関係です。まずはこの4本の水脈で、棚の中の位置関係だけ掴んでおきましょう。

3

音で選ぶ — スタジオミュージシャンという共通言語

シティ・ポップを聴き込んでいくと、ジャケットのクレジットに同じ名前が何度も登場することに気づきます。ベースの細野晴臣岡沢章、ドラムの林立夫上原裕、キーボードの佐藤博松任谷正隆……いわゆる名うてのスタジオミュージシャンたちが、アーティストの垣根を越えてあちこちのアルバムに参加しています。つまり「歌手買い」だけでなく「演奏者買い」もできるジャンルなのです。好きな一枚のクレジットを見て、同じ名前が入っている別の作品を辿っていく——これがシティ・ポップの掘り方の王道です。

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最初の5枚 — まずこの温度から

入門としては、季節感や時間帯がはっきりしている作品から聴くと、シティ・ポップという言葉の輪郭がつかみやすくなります。

1
大瀧詠一:A LONG VACATIONこの棚からの推薦

“日本の夏”を発明した金字塔。ウォール・オブ・サウンドと永井博のイラストが一体になった、シティ・ポップの入り口として最初に置くべき一枚。当棚の記事もどうぞ。

2
山下達郎:FOR YOUAOR系譜の入り口に

1982年発表。歯切れのいいギターカッティングと分厚いコーラスワーク。夏のドライブ盤の代名詞的存在です。

3
荒井(松任谷)由実:COBALT HOUR都会の憂愁を歌う

1975年。まだ「ユーミン」になる前後のアルバムで、都会の孤独や倦怠を歌う歌詞世界が、後のシティ・ポップの歌詞の原型を作りました。

4
杏里:Timely!!夜のメロウネス

1983年。角松敏生プロデュースによる、都会の夜を歌う定番作。海外のリスナーの再発見のきっかけとしてもよく名前が挙がります。

5
細野晴臣:トロピカル・ダンディー水脈のさらに奥へ

1975年。はっぴいえんど解散後の細野晴臣がエキゾチカやレゲエに接近した一枚。シティ・ポップの“奥の間”にあたる作品として、慣れてきたら手に取ってほしい一枚です。

5

ジャケットも聴きどころ — イラストレーターという名の共作者

シティ・ポップを語るうえで、ジャケットのビジュアルは音楽と不可分です。大瀧詠一『A LONG VACATION』の誰もいないプールサイドを描いた永井博、鮮やかな都市の夜景で知られる鈴木英人——彼らのイラストは単なる装丁ではなく、アルバムが描く“理想の生活”そのものを視覚化した共作者でした。中古レコード店でジャケ買いをするなら、まずこの2人の名前を覚えておくと外れが少ないはずです。

6

中古レコード店でシティ・ポップを掘るコツ

国内盤しか存在しないことがほとんど。シティ・ポップは基本的に日本語詞・日本国内向けの音楽だったので、輸入盤という概念自体がありません。オリジナル盤へのこだわりはクラシックやジャズよりもさらに気にしなくてよく、まずは見つけた一枚を素直に聴くのが正解です。

クレジットを読む。3章で触れた通り、ライナーの演奏者クレジットはこのジャンルの宝の地図です。プロデューサー名やアレンジャー名も含めて眺める癖をつけると、棚の見え方がまるで変わります。

再評価の直撃で値上がりしている盤もある。海外での再評価をきっかけに、一部の人気盤は価格が上がっています。焦って高値を掴む前に、まずは同じスタジオミュージシャンが参加している、まだ値のついていない周辺作から聴いてみるのもひとつの手です。

7

覚えなくていい用語ミニ辞典

最後に、シティ・ポップ周辺でよく見る言葉だけ。忘れたらここに戻ってください。

AOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)
1970年代後半のアメリカで生まれた、洗練されたサウンドの大人向けロック/ポップス。日本のシティ・ポップに強い影響を与えました。
はっぴいえんど
細野晴臣・大瀧詠一・松本隆・鈴木茂による伝説的バンド。日本語ロックの祖であり、シティ・ポップの系譜図はほぼ全員ここから枝分かれします。
スタジオミュージシャン
特定のアーティストに専属せず、様々な作品の録音に演奏で参加するプロ奏者。クレジットを辿ると新しい発見があります。
シティ・ポップ(再評価)
発表から数十年後、2010年代後半以降にインターネットを通じて海外で再発見されたムーブメントを指すことが多い言葉。当時の呼び名ではなく、後づけの総称です。
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