Into the Swamp #1 ─ Classical

クラシック沼
— 録音会場とプレスの奥底へ

ここから先、実用性はほとんどありません。

これは「クラシック深掘り — 有名曲の次に聴く一枚」のさらに先です。深掘りで版・指揮者・レーベルの沼を紹介しましたが、ここではもう一段、正真正銘の沼に足を沈めます。知らなくても何も困りません。ただ、知ってしまうと同じレコードが二度と同じようには見えなくなります。

もくじ

  1. 「深掘り」のさらに先へ
  2. 同じ演奏家を全部追いかける — ディスコグラフィーの沼
  3. 録音会場という沼 — ホールの音を聴き分ける
  4. プレス工場と国盤の沼
  5. 帯とレーベルで年代を当てる沼
  6. 幻の名盤という都市伝説
  7. 沼用語辞典
1

「深掘り」のさらに先へ

深掘り編では、指揮者やレーベルによって同じ曲がまったく違う音楽になるという話をしました。この沼ではその軸をもう一段細かくして、「誰が」だけでなく「どこで」「どの工場で」その音が刻まれたかにまで踏み込みます。ここから先は、音楽を聴くというより、音楽が物理的なモノになる瞬間を観察する趣味です。

2

同じ演奏家を全部追いかける — ディスコグラフィーの沼

一人の指揮者や演奏家の録音を、レーベルをまたいでできるだけ多く集めようとする沼です。たとえばカラヤンは、同じベートーヴェンの交響曲全集を生涯で複数回、別の年代・別のオーケストラで録音し直しています。同一人物・同一曲でありながら、若い頃の颯爽とした演奏と、円熟期のゆったりとした演奏はまったくの別物。年代順に並べて聴くと、一人の音楽家の人生そのものをたどるような体験になります。

3

録音会場という沼 — ホールの音を聴き分ける

同じオーケストラ、同じ指揮者でも、録音された部屋が変われば残響がまったく変わります。デッカはロンドンのキングズウェイ・ホールやウィーンのゾフィエンザールを好んで使用し、独特の奥行きのある響きを記録に残しました。EMIはアビイ・ロード・スタジオの広大な第1スタジオを、ドイツ・グラモフォンはベルリン・フィルハーモニーやウィーンのムジークフェラインを多用しています。「このレーベルの録音は、なんとなく音の空気感が似ている」と感じたら、それは同じ会場の“部屋の音”を聴いている可能性があります。

4

プレス工場と国盤の沼

同じ録音でも、プレスされた国や工場によって音の印象が変わることがあります。マスターテープから盤を作る過程(カッティングやプレス)を担うエンジニアや設備、使用する塩化ビニールの質などが影響するためです。この棚のラヴェル(VIC-2167)も、フランスのエラートで録音された原盤を、日本のRVCが国内向けにプレスしたもの。同じ演奏でも、フランスのオリジナル盤とは低音の量感や高域の伸びの印象が異なる可能性があります。海外のオリジナル盤と国内盤、両方を聴き比べられる機会があれば、ぜひ耳を澄ませてみてください。

5

帯とレーベルで年代を当てる沼

レコード会社のレーベル(盤の中心に貼られた円形の紙)は、時代とともにロゴや配色が少しずつ変わっています。ドイツ・グラモフォンには“チューリップ”と呼ばれる特徴的なデザインの時代があるなど、レーベル面のデザインの変遷を覚えていると、規格番号や帯の状態が読み取れなくても、プレスされたおおよその年代の見当がつくようになります。ジャケットではなく、レーベル面という小さな円の中に、製造年代の手がかりが隠れているのです。

6

幻の名盤という都市伝説

クラシックのレコードの中には、権利関係やアーティスト自身の意向によって市場から姿を消し、二度と再プレスされなかった録音が存在します。真偽の入り混じった噂話も含めて語り継がれるそうした“幻の一枚”は、実際に手に取れるかどうかとは別の次元で、レコード文化のロマンの一部になっています。棚の隅にある聞き覚えのない番号のレコードも、もしかしたら誰かにとっての“幻”かもしれません。

7

沼用語辞典

最後に、この沼でよく見かける言葉だけ。覚えなくても大丈夫です。

マトリクス番号
盤の内周(無音溝)に刻まれた、そのプレスを識別するための記号。同じ規格番号でもマトリクス番号が違えば別のプレスです。
ラッカー原盤(カッティング)
マスターテープの音を、レコードの元となる盤に刻み込む工程。この作業を担うエンジニアの個性が音に反映されます。
ディスコグラフィー
ある演奏家・作曲家の録音を年代順・レーベル横断で網羅した記録。沼の住人にとっての地図です。
廃盤
製造・販売が終了し、以後プレスされなくなった盤。理由が分からないまま伝説化することがあります。
プレス工場
レコードを実際に成形する工場。同じ原盤・同じマスタリングでも、工場が違えば音や盤質に違いが出ることがあります。
The Laboratory ─ さらに先へ クラシック研究室 — ピッチとテンポの、その先へ
読む →

← クラシック深掘りに戻る
← レコード棚トップに戻る