Deep Digging #1 ─ Classical

クラシック深掘り
— 有名曲の次に聴く一枚

同じ曲が、ひとつではないと知ること。

これは「クラシック入門 — レコードで聴きはじめる」の続きです。まだの方は先にそちらをどうぞ。入門の5枚に慣れてきたら、次に待っているのは新しい作曲家の名前だけではありません。「同じ曲でも、演奏によってまったく違う」という、クラシックならではの深い沼です。

もくじ

  1. 「入門」を終えた人へ
  2. 聴き比べるという新しい楽しみ方
  3. 版と稿の沼 — 「同じ曲」がひとつではない場合
  4. 指揮者とレーベルを聴く
  5. 次の一歩 — 入門の5枚、それぞれの続き
  6. 中古レコードで“稿”と“演奏”を掘り分けるコツ
  7. 深掘り用語辞典
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「入門」を終えた人へ

入門編では「難しく考えなくていい」という話をしました。それは今も変わりません。ただ、聴き込むほどにクラシックには他のジャンルにあまりない特徴があることに気づきます。ロックやジャズでは「その曲」といえばほぼ「その演奏」を指しますが、クラシックでは「曲」と「演奏」が分離しています。同じ楽譜から、まったく違う音楽が立ち上がる——この沼に足を踏み入れるのが、深掘りの始まりです。

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聴き比べるという新しい楽しみ方

もっとも分かりやすい例が指揮者による違いです。ベートーヴェンの交響曲第5番ひとつとっても、フルトヴェングラーは即興的にテンポを揺らしながらドラマを作り、トスカニーニは譜面に忠実な速いテンポで一直線に駆け抜け、カラヤンは磨き抜かれた美しい響きで統率する——同じ音符のはずなのに、まったく違う体験になります。

指揮者だけでなく、一人の演奏家の中での変化も聴きどころです。グレン・グールドは、バッハの『ゴルトベルク変奏曲』を1955年(若々しく疾走するテンポ)と1981年(晩年、瞑想的にゆったりと)の2度録音しており、この2枚を続けて聴くだけで「解釈が変わる」ということの意味が体感できます。中古レコード店で同じ曲の別演奏を見つけたら、値段が安ければ両方とも買ってみる——それが一番の近道です。

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版と稿の沼 — 「同じ曲」がひとつではない場合

さらに沼が深いのが、そもそも楽譜自体が複数存在するケースです。当棚のラヴェルは、ムソルグスキーのピアノ曲『展覧会の絵』を1922年に管弦楽用に編曲したことで知られていますが、この曲は他にもストコフスキーなど複数の作曲家・指揮者による編曲版が存在します。原曲のピアノ独奏版と、ラヴェル版のオーケストラ、さらに別人による編曲——「同じ曲名」でも中身がまったく別物になるのです。

ブルックナーの交響曲群も有名な沼のひとつで、作曲者自身による複数の改訂に加え、後世の研究者(ハースやノヴァークなど)が異なる基準で校訂した版が併存しています。レコードのジャケットや解説に版の情報が書かれていたら、それは「誤植」ではなく重要な手がかりです。

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指揮者とレーベルを聴く

ロック入門で「プロデューサーという影の主役」の話をしましたが、クラシックにおけるその役どころが指揮者とレーベルです。黄色いラベルで知られるドイツ・グラモフォンはカラヤンをはじめ権威と風格を売りにした名門、デッカは優れた録音技術(ffrr)で音の良さに定評、EMIはフルトヴェングラーやカラスといった伝説的演奏家を多く抱えた英国の名門。そして当棚のラヴェルの原盤であるエラートは、フランス音楽に強い専門レーベルです。同じ作曲家でも、どのレーベル・どの指揮者の盤を選ぶかで、まったく違う一枚になります。

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次の一歩 — 入門の5枚、それぞれの続き

クラシック入門で紹介した5枚を起点に、次に手を伸ばしてほしい一枚をそれぞれ用意しました。

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《田園》の次は → ブラームス:交響曲第4番風景描写から、構築美へ

ベートーヴェンが切り開いた交響曲という形式を、ブラームスは晩年、厳格な対位法と渋みのある響きで完成させました。《田園》の開放感とは対照的な、内に向かう秋の音楽です。

2
《新世界より》の次は → シベリウス:交響曲第2番望郷から、北欧の透明感へ

ドヴォルザークが新大陸で望郷を歌ったように、シベリウスはフィンランドの厳しい自然を音にしました。氷のように透き通った響きが持ち味です。

3
夜想曲集の次は → ブラームス:間奏曲集(Op.117〜119)夜の音楽の、さらに奥へ

ショパンの夜想曲より一歩踏み込んだ、晩年のブラームスによる内省的なピアノ小品集。眠れない夜のためだけに書かれたような静けさです。

4
無伴奏チェロ組曲の次は → バッハ:ゴルトベルク変奏曲同じバッハの、鍵盤の深淵へ

チェロ1本の宇宙の次は、鍵盤1台の宇宙へ。前述のグレン・グールドの新旧2録音を聴き比べる沼の入り口としても最適です。

5
ラヴェル&ドビュッシーの次は → ストラヴィンスキー:春の祭典印象派の、その先の爆発へ

色彩と静けさのフランス印象派から一転、変拍子と原始的なリズムで初演当時に暴動まで起きたと言われる問題作。近代音楽の振れ幅の広さが分かります。

6

中古レコードで“稿”と“演奏”を掘り分けるコツ

指揮者とオーケストラ名まで見る。作曲家とタイトルだけでなく、ジャケットに大きく(時には作曲家より大きく)印刷されている指揮者名・演奏者名まで確認する癖をつけましょう。同じ「ベートーヴェン:交響曲第5番」でも、棚には何十種類もの“別の音楽”が並んでいます。

モノラルとステレオの境目を知る。ステレオ録音が一般化したのは1958年前後。それ以前の名演はモノラル盤でしか聴けないことも多く、後年ステレオで再録音した同じ指揮者の演奏と聴き比べるのも一興です。帯や解説に「MONO」「STEREO」の表記があるので確認してみてください。

全集ばら売りは掘り出し物。全集ボックスの中の1枚だけが単品で中古市場に流れていることがあります。全集は権威ある指揮者・オーケストラの組み合わせで作られることが多いので、ばら売りの1枚でも十分に“当たり”であることが多いです。

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深掘り用語辞典

入門編の用語辞典に、もう一段深い言葉を足しておきます。

版(校訂版/原典版)
同じ曲でも、研究者による校訂の基準や参照した資料の違いで複数の楽譜が存在すること。ブルックナーやムソルグスキーが代表例です。
モノラル/ステレオ
1958年前後を境に一般化した録音方式の違い。古い名演の多くはモノラルでしか残っていません。
セッション録音/ライヴ録音
スタジオで編集を重ねて作るセッション録音と、実演をそのまま収めるライヴ録音。同じ演奏家でも緊張感や傷の有無がまったく違います。
全集(Gesamtausgabe)
ある作曲家、あるいは演奏家の作品・録音を網羅的にまとめた箱物レコード。ばら売りの単品でも十分に楽しめます。
カップリング
1枚のレコードに何と何が組み合わされて収録されているか。クラシックのLPは編成の近い曲同士がカップリングされることが多く、選曲の妙も聴きどころです。
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